新潟教育

新潟市の教育を教職員の組合活動を通して考えていきます。 中の人は複数。関心もそれぞれ。多彩な内容を目指して。

非理不尽

 15日に北朝鮮のミサイルが発射された。もちろん、この行為そのものは許せるわけはない。
 しかし、学校現場での対応はどうなっているかという声がある。新潟市教委の各学校への文例はとても実際にはそぐわない。そもそも10分間以内に列島に飛んで来るミサイルは爆破した場合は逃げられないのではないか。Jアラートがけたたましく鳴るので、本当に怖がっていた子どもも最近は本気になっていない。ある市内の学校ではこの件で実際に避難訓練をしている。子どもが持っているカバンを頭にかぶって避難した。小学校は学校へ通学することを一時差し止める。親は仕事に行かなくてはいけないのに困ってしまう。電車も一時、駅に向かう途中の線路で停車している。
 韓国にはアメリカ人は軍関係者などを含めて約2万人住んでいる。これらのアメリカ人の人たちは危険の場合、韓国から逃げるマニュアルがある。けれども、今までの北朝鮮のミサイル発射で国外へ逃げた話は聞かない。
 それにしても北朝鮮の暴挙を早く終わらせることは政治の仕事である。

 千葉大学で学会があって参加して来た。小学校の教科書執筆している大学の先生は、「中教審で言っていることと学習指導要領の内容はまったく矛盾している」と怒りで話されていた。時数は減らさず、英語を小学校に導入すること自体、おかしいと言われた。この県では英語研修が行われているが、身になっていないと話された。全国的に朝の時間、モジュール(15分間)で英語をするのではないかと言われているが、学力テストがない社会科の時数を削減して充てるのではないかとまことしやかに心配されていた。周囲で聞いていた全国の小学校教員から、「子どもが荒れるのでは」と不安の声があがっていた。

 アクティブ・ラーニングの推奨はやはり「型」にはまった授業の横行である。批判しているはずの講義式授業を形をかえて行っているのに過ぎない。教材論がまったくない。子どもの実態から授業づくりがされていない。学会で報告されている授業の報告を聞いていて、子ども論、教材論のない授業のむなしさを強く感じていた。どれだけ授業の体裁を整え、アクティブ・ラーニングをしているようにするのである。こんな授業では子どもはかわいそうだが、教師自信も楽しくないだろう。一番驚くのは、報告から子どもの姿がみえない。日本の教育の未来はなかなか展望できないと参加者とため息をついた。
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新潟の小学校が大変!

 小学校では道徳に加えて、英語教育が教科化します。文科省はお金を出さず、人も増やさず、英語教育を2020年度から全面実施します。小3・4年生で週1時間、小5・6年生で週2時間、「外国語活動」として増やします。しかし、今までの小学校の授業時数は削減されません。英語教育の授業時数が上乗せさせられます。小学校では6時間授業の日が増加したり、朝の時間を活用するようになることが危惧されています。
 あまり知られていませんが、中学校の英語の授業も変化します。「日本語を交えて授業」は、「英語で行うことが基本」になります。語彙は1200語だったのを1600語から1800語に増加させます。
 英語教育の専門家は英語教育の早期化・教科化は根拠がないと言っています。
 自民党の教育再生実行本部は2013年4月、「グルーバル化に活躍する人材を年に10万人(高卒の約1割)養成」することを提言しました。その後、首相の私的諮問関係機関が小学校英語の早期化・教科化を掲げ、安倍内閣はそのまま盛り込んだ「第2期教育振興基本計画」を同年6月に閣議決定しました。この決定過程に語学教育の専門家はまったく関わっていません。
 文科省は各校判断で。2018年度かの小学校英語教育を先行実施することを認めています。新潟市教委は担当者に先行実施することを宣言し、各校で工夫して行うように指導しています。その上、先行実施では総合的な時間で15時間程度を活用してよいとしていますが、新潟市教委は完全実施と同じようにするために、総合的な時間を活用しないことを指導しています。
 新潟市内の小学校では動揺が広がっています。各校とも朝の時間を15分間、モジュールで活用することなどが計画されています。時間をつくるために、清掃を週2回にする小学校があります。このままでは、時間を設定するために、夏休みを短縮して、授業時数を増やす学校も出てくることでしょう。
 ここで最大の問題は体制がないで実施することです。英語の免許状をもたない小学校教員に授業をさせます。ALTも増員することしません。小学校教員に負担が重くなります。小学校の高学年の学級担任の希望者がいなくなることは当然です。
 教員の労働時間はすでに限界を超え、教育カリキュラムは満杯状態です。文科省を働き改革を受けて、教員の超勤労働に改善しようとしています。小学校英語教育の実施はその流れを逆行させています。新潟市の先行実施はそれに拍車をかけています。新潟市教委は先行実施するであれば、政令市になったのですから、英語免許状をもつ教員やALTを増員すべきです。とても工夫だけではどうにもならないことです。条件整備をすることが望まれています。

<付記> 新潟県の小学校道徳教科書の採択会社が決定しました。「三条・加茂・見附・田上」「佐渡」の2地区が全国的に警鐘が鳴らされている教育出版社を採択しました。
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9月1日

 普通、9月1日は新学期が始まる日付です。しかし、新潟市などは2学期制が多く、8月下旬には夏休みが終わって、学校が始まっています。しかし、テレビなどをみていると、9月1日に焦点をあわせて、子どもの自死や不登校の心配や対応について報道しています。つまり、全国的には2学期制は2割(横浜・川崎・仙台・新潟・長岡・柏崎など)しか実施していないです。

 新潟県にとって、今年の9月1日は別の意味があります。小学校の道徳教科書が全県12区で、8月31日までに採択教科書が決まります。9月1日には情報公開をすると県教委は明らかにしています。
 新潟市や長岡市、燕市、五泉市などは採択教科書がすでに分かっていますが、全国的にも問題になっているK社が採択されるかどうかが注目の的です。特に、K社の著作者に上越教育大学の教授がなっていますので、米山以西の公孫会の強い地区でK社が採択されるかどうかということがあります。小5の道徳教科書に安倍首相の写真があったり、補助教材に30人もの人物(二宮金次郎、勝海舟など)を取り上げていることが全国的に問題になっています。

 8社ある道徳教科書は定番と呼ばれている読み物資料が同じ教材が使われています。特に、「手品師」「かぼちゃのつる」の2つの教材はどの研究者も取り上げています。この教材をお読みになってもらいたいと思います。
 文科省は道徳は「考え、議論する」道徳を奨励しています。教師が決まった価値観に子どもを誘導することを戒めています。その意味で、教科書会社も準備不足から、自省していますが、教材そのものを検討していくことが大切です。来年度の中学校の道徳教科書、3年後の小学校の道徳教科書には改善がされることを望みます。

 今回の小学校道徳教科書採択で特徴的なことは、全国的に市民団体の情報公開申請に対して、各教委が「公開」で対応していることがみられます。
 全国的に教科書採択の公開請求は以下の6項目になっています。
 1 委員名簿、調査員名簿の公開 2 協議会に提出された資料の提出 3 協議会の各教委に対する答弁書(案)
 4 1〜3の決裁書  5 教科書展示会アンケート   6 採択にかかわる団体や市民等からの要望など書類
 新潟県の12区で、どの地区でも上記の1〜6が今回の小学校道徳教科書採択にかかわる情報公開をすべきです。

 教育委員会は教科書採択は平成29年3月28日付、文科省初等中等教育局通知「教科書採択における公正確保の徹底等について」の通知に基づいて行っていると回答しますが、教科書会社と癒着せず、子どもの実態からよりよい教材、教科書を選ぶわけですから、密室ではなく、透明性をもつ教科書採択を心がけることが求められています。
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「朕は国家なり」は歴史と逆行

 夏休みになると、他校とのみなさんと交流することが多くなります。それだけ休みに出張などがあるということです。
 そこでいつも話題になるのは、「お宅の校長さんはどう?」という会話です。各学校は校長の姿勢で大分、学校が教職員間の住み心地が違うのです。校長がどれだけ教職員の声に耳を傾けるかが大きなことです。そのなかで、学校の課題を明らかにし、教職員でチームワーク体制をつくって課題を克服していこうという姿勢を貫いていこうとします。そこにはトップダウンでやろうという姿勢は微塵もありません。校長のリーダーシップはトップダウンとはまるで違います。
 いくつかの学校では自分が過去勤めた学校をモデルにして、現在の学校をその学校のようにしたいと言われる校長がいます。そういう校長は価値観が固定化されていて、自分のやりたいことしか認めない場合が少なくありません。起案をしても真っ赤にペンが入ってきます。そういう校長は結論ありきですから、自分の考えと一致しないとOKをしません。
 このような校長は大半、新潟市でいう中心校のような学校づくりを現在の学校に当てはめようとします。最大の問題は学校によって子どもの実態が相違することは認識されていません。現実の子どもの実態から1歩前進させる現実的方策はありません。そして目標している学校がどのように検証されているかもふれません。第二は、こういう校長に共通することは異常に研修が好きだということです。もちろん、教師は研修が命です。しかし、どのような研修するかが大切なのです。研修の質と量を問わない校長は逆に無策と同じといえます。ただ研修していればよいということではないのです。第三は、決まってこういう校長は激高タイプが多くみられます。自分の意と反することを言ったり、すると急に怒り始めます。校長たる者、器の大きさがここではみられます。
 この実態を憂いている校長もおられます。「トップダウンの時代は終わった。教職員の声に耳を傾け、中堅教員が率先してやれる学校づくりをしましょう」と発言する校長がいることに少し安堵感を覚えてしまいます。
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新学習指導要領

 2017年に告示された新学習指導要領には初めて前文が小学校・中学校にあります。この前文は小学校は「児童」、中学校は「生徒」と小学校は「中学校以降の教育」、中学校は「高等学校以降の教育」の文字の違い以外は、文面はすべて同じものです。
 最初に教育基本法第1条の目的と第2条の目標を達成するように述べています。後者は5つの目標を掲げていますが、なかでも道徳の教科化をみても、5つ目の「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」がいわゆる愛国心を謳っている条項が文科省を重要視していることは間違いありません。
 次に「社会に開かれた教育課程を実現する重要となる」とし、「学習指導要領が教育課程の基準を大綱的に定める」としています。
 その上で、学習指導要領の果たす役割として、第一に「公の性質を有する学校における教育水準を全国的に確保すること」とし、「学習指導要領を踏まえた教育活動の更なる充実を図っていくことも重要である」と書かれています。「教育水準の全国的な確保」とは「学力」について論述していることになります。それは各教科の学習指導要領に書かれていることが「学力の内容」ということといえます。学習指導要領に即していないことは、「学力」とは認めないという宣言です。第二には、「生徒(児童)が学ぶことの意義を実感できる環境を整え、一人一人の資質・能力を伸ばせるようにしていくことは、教職員をはじめとする学校関係者はもとより、家庭や地域の人々も含め、様々な立場から生徒(児童)や学校に関わる全ての大人に期待される役割である」とあります。これは「環境を整え」とあるので、学校教育の条件整備をすることだと思いますが、違うようです。後半の文から「大人に期待される役割」とありますので、生徒(児童)の見本となる大人の役割を強調しています。道徳的な価値感を論述しているようです。
 新学習指導要領はこの前文を掲げることで、道徳「教科化」を押しすすめるためのものだということは明らかです。
 道徳「教科化」の歴史は3つの節目がありました。第一は、1958年「道徳の時間」(教科外活動)の特設です。このときには学習指導要領の官報告示との連動がありました。第二は、2006年の教育基本法改正で第2条「教育の目標」を掲げました。これは上記にあるように「愛国心」条項、「態度を養う」規定を設けて、道徳規範の肯定をしました。学習指導要領「道徳」に対応し、文科省告示の法律規定への格上げを図って、徳目を強制しました。学校教育の道徳教育への収斂といった3つの問題点があります。第三は、2017年の中教審の道徳「教科化」への答申です。内心ではなく態度を評価することですから、評定をしなさいとなります。学校現場では「無理だ」という声が噴出しています。
 この状況は戦前の教育勅語体制に酷似します。そのために、「教育勅語」を見直す動きが出ています(新潟市は議会で市長、教育長が学校教育に活用することを否定しました)。そもそも公教育が、道徳という諸個人の内心的判断に委ねられるべき領域に踏み込むべきか否かという原理的な問いに直面します。この点で、フランスの教育思想家コンドルセが、「親の権利」や「思想の独立性」などを理由として、公教育は道徳教育に及ぶべきではなく、知育のみを対象とすべきであるとしているのは示唆的といえます。
 
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